[1023]
くまさん🐻
02/19 22:13
時代小説第二弾
「いとしの香織姫」 前編
「おぉ、森野氏(もりのうじ)待たれよ、城下に降りて行かれるならご同行願いたい」
「おや、日の出家のお坊っちゃまではござらんか、拙者のような軽輩(けいはい)でよければ構いませぬが」
「そのお坊っちゃまはやめてくれ、まるで子供扱いではないか」
「大身旗本(たいしんはたもと)の1000石のお世継ぎ(およつぎ)とくれば、300石風情(ふぜい)の小普請組(こぶしんぐみ)のわれわれからすれば若様、もしくはお坊っちゃまとしか言いようがありませぬが、子供のようとおっしゃられれば失礼いたした。」
「まあよい、拙者はおぬしに話があって声をかけたのだ、聞いてくれぬか」
「若様の話とあれば承らぬわけにはまいりませんな」
「おいおい、今度は若様か」
「して、若様の話とはなんでございましょう」
「聞いてくれるのはいいが、おぬしちょっと早く歩きすぎるぞ、もすこしゆっくり歩いてくれぬと、お主の後ろから背中にしゃべっているようではないか」
「や、ごめん、拙者は午の九つ(昼十二時)までに龍原寺まで行かねばなりませぬゆえ、すこし急いでいるところでござる」
「そういえば、貴公は町民相手に読み書きを教えていたな、その時刻ということなら少しくらい遅くなっても構わんだろう」
「む、駄目です、どうしても午の九つ(うまのここのつ)でなければ駄目です。あなたは遊んでいられるご身分でしょうが、貧乏御家人の拙者にはそうはいきません。」
「おいおい、そんなに怒らなくてもいいだろう、おぬしは怒りっぽくていやさね。」
「怒りはしませんが、我が家族はこれがあるから生きていけるようなもので、それをご存知の上でのそのどうでもいいという言葉は残酷というものでござる。」
「どうでもいいとは言っておらぬ、少しくらい遅れてもいいだろうと言ったんだ。悪かったら謝る。」
「あやまってくれなくても構いませぬ。それに今日はいつもと違って、どうしても遅れてはいけない訳があるのです。早足で申し訳ござらんが、風もまだ冷たいゆえ、その方が体も温まって宜しかろうと思いまする。」
「あいわかった、そうしてもよい。」
「して、そのお話とはどういうことでございましょう。先ほどから気にかかってしょうがありませんが。」
「あぁ、・・・・今話す。」
「若様、あなたどうされました、顔色が真っ青じゃありませんか。昨夜の残り雪のせいばかりではなさそうですな。」
「ああそうだ、真っ青かもしれない、今、興奮しているのだ、体中がぶるぶる震えるような気がする。そういうおぬしも顔色が青いではないか。」
「ええ、そうでしょう、そうかもしれません、ちょっと立ち止まって伺いましょう、それで話の内容とは?」
「拙者はおぬしに・・おぬしに謝らねばならぬことがあるのだ、さきほどの寺子屋の時刻のことではない、拙者はとうとう決心したのだ。」
「あぁ、やはりそういうことでしたか、きっとそうなんだろうとは思いました。」
「おぬしには済まないと思ったが、拙者としてはこうするよりほかになかったんだ。許してくれ、頼むから堪忍してもらいたい、拙者も苦しいのだ。」
「若様ともあろうお方が堪忍してくれとおっしゃっても、そりゃあ困ります。たしかに若様のお父上は小普請支配のお頭さま、拙者はその支配下の者とあれば、ご恩は数知れず、その大恩のあるお方のお子様となれば堪忍するもしないもありはしませぬが、拙者との約束のある女を奪い取るとはひどいじゃありませんか。拙者の身こそ可哀想だとは思いませぬか。」
「だからあやまっているではないか、おぬしも可哀想だが、俺も苦しいのだ、俺はもう香織姫と一緒にならなければ一日とて生きておれないのだ。」
「拙者とて香織姫の顔を見なければ一日とて生きておれませぬ。と、あなたを責めるのもこれくらいにしておきましょう、そもそも香織姫と拙者とは許嫁でもなければもちろん妻でもありませぬ、ただ書画会で同じものを好いた仲というだけでして、それより先を急ごうではござらんか。」
「おいおい、言いたいことだけ言ってさっさと行ってしまうつもりか、まてまて。」
「拙者は先月の会での貴方様の物語で、香織姫へのお気持ちはようくわかっておるつもりです。
言わばあの若様が書いた物語は、香織姫への恋文であると理解して何も論評などするつもりもございません。」
「そうか、わかってくれるか、じゃ何も心配しなくていいのだな。」
「心配なさっていたんですか、それは拙者に対してということですか、そこまで気になさるということは、その後のことがあるようでございますね、え?どうです、なにをなさったんです?」
「ああ、いや、何もせぬわ・・・ただ」
「ただ? 拙者に知られぬように本当に香織姫に恋文を送られたとか?」
「ああ・・・・実はそうなのだ、よくわかったな。」
「そりゃあ誰だってわかります、それ以外にやることはありませぬからね。」
「おぬしの早足についていくだけで息が上がってきた、今ひとつゆっくり行こうではないか。」
「若様が送った手紙に香織姫からは返事が来たのでしょうか、まさか結婚の申し込みではありますまい。」
「お、向こうから馬車が来るではないか、あれに乗せてもらって寺まで行ってはどうだ。」
「ははは、馬車の荷台にはネギとか大根がいっぱい乗ってるじゃありませんか、今からお城に納めに行くところですよ。あれに乗ったらまたお城に逆戻りだ。」
「なるほど、ではこのまま歩くしかないか。」
「で、どんな内容の手紙を送ったんですか? 拙者に謝るほどですから薄々予想はできますがね。」
「いやはや、予想できてるなら話も早い、まさにおぬしがいうとおりだ、結婚を申し込んだ。
結婚を受けてもらえば、先般、じゃじゃ馬の姫が所望していた赤毛の駿馬を差し上げる用意があると書いた。
合わせて、結納のつもりで美咲家の屋敷の普請も親父殿に頼んでやってもらうつもりだ。」
「若様、あなたは卑怯じゃありませんか、親父殿の金で香織姫を手に入れようとなさる。
たしかに拙者は香織姫と何事か約束したことはございません、が、姫とはあなた様より長い付き合いがございます。その中で、拙者は香織姫を好いております、ずっと以前から好いております。
家の格から言えば、若様の家の方がぴったりと合うのでございましょう、拙者のような貧乏御家人は到底勝ち目がない。しかし、拙者には絵心もございますれば、文の心得も多少は持っておるつもりです、今も禄高はわずか300石でも、若様、あなた様にひけを取らぬ自由な稼ぎもございますれば、香織姫と結婚しても決して貧乏による不自由はさせないつもりでございます。その点、お忘れにならないようご記憶願いたい。」
「おうおう、まるで決闘の申し込みのようではないか、つまり香織姫との件で競争をするということだな。
だが森野氏、すでに香織姫からの手紙はここに来ておるのだ、だからこそおぬしに断りを入れたのだ。
もとより、姫から返事が分からなかったからこそ黙っていた、断られたならおぬしに断りを入れる必要もない、
そういうことだ、拙者の気配りにも感謝ねがいたいな。」
「なるほど、返事が来ていたんですね、それで結婚を了承したということですか。」
「ま、悪く思うな、結局は本人の気持ち次第ということだ。これには誰も太刀打ちできまい。」
「あそこの角の蕎麦屋、二人の侍が今入ったあの店の角を右に曲がって、だらだら坂を登りきったところがお寺です。」
「お、そうか、ついたか、なれば拙者も、おっと!、おいおいいきなり立ち止まるな、びっくりするじゃないか。」
「今、駕篭が坂を登っている、寺まで行く駕篭だな。何とか間に合ったようだ。」
「ああ、そうか、あの駕篭の客人と待ち合わせしていたのか、急いでいた理由だな。で、いったい誰だい。」
「あなたが結婚の申し込みをした香織姫その人です。」
「え!香織姫だって、今日は読み書きを教えるだけの日じゃなかったのか。」
「そうです、用件があるとおっしゃられたので、寺子屋の予定があるとお伝えしたら、あちらから出向くといわれたんです。」
「ほお、どんな用件なんだ。」
「それは聞いてみないとわかりません、もしかしたらご結婚の報告かもしれませんね。」
「ああ、そうか、それがしとの結婚の報告だな。あいわかった、では拙者はここで失礼しよう、この蕎麦屋で昼餉を食ってから帰ることにする。では、邪魔したな、ごめん。」
「そうですか、それではごめん。はてさて、香織姫の用件とはいったい・・・・。」
イイネ!(22) PC ZefMWATJ
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