[1029]  くまさん🐻
02/22 19:18
時代小説第二弾 「いとしの香織姫」

後編 


 「おい森野氏、今朝は拙者の仮祝言にふさわしい良い天気ではないか、こうして玄関でいっしょに花嫁駕篭を迎えるのが実現したのだ、も少し祝ってくれるめでたい顔をする気にならぬか。」
 「ふむ、そうですな、いい天気でござる。」
 「なんと気のない返事をする奴だ、それでは花嫁たる香織姫もやるせないではないか。」

 「そう言われましても拙者がここに神社の狛犬のように二人して並んでおるのは、ひとえに香織姫からの頼みを聞いたからで。  あの日のお寺で結婚を告げられたときは、今日の雲のごとく霞んで消えてしまいたい気持ちでござったわ。」
 「ぼやくなぼやくな、おぬしと香織姫との長い付き合いという因縁があるからこその頼みではないか、拙者とて同じ心持ち、おぬしに祝ってもらえば、ありがたくて涙がでようというものだ。」

 「何をおっしゃる、若様からでてくるのは高笑いだけで、出る涙はうれし涙か笑い涙かしれやしない。」
 「おお、それはそうとして、例の返事の手紙だが、仮祝言をあげる身となれば必要もない、どうだ、香織姫の心の証(あかし)として貴公に進ぜようと思う。これだ。」

 「このうえさらに拙者を苦しませるおつもりか、今更の手紙、すでに姫から祝言を告げられた今となっては無用のものでござる。」
 「いやいや、苦しませるつもりはない、今のような顔をこの先ずっとされるのもこちらとしても不愉快になろうというもの、ここでしっかりと姫の気持ちというものを知ってもらいたいというそれだけのことだ。」

 「要するに拙者に見せびらかしてやろうとの魂胆ですな、わかりました、拝見しましょう。」

 (あなた様の言葉がまことなれば、わたくしは喜んで結婚の義受けたいと存じます。 かぐや)

 「なるほど、簡潔ではあるが確かに了承されておられる、しかし"かぐや"とは。」
 「それはおぬしが言ったではないか、香織姫は月のしずくのごとき美しさとかなんとか、それからの通り名だろう。」

 「そうか、そう言えば昨年の夏でしたな、大川の船宿の涼み台を借り切ってみんなで墨田の花火を楽しんだのは。」
 「そうだ、親父殿の名前でようやく借りれたことを思い出したわ。」

 「今、手紙を開けた途端、梅の香りが漂ってまいりました、門の横の老梅からでございましょうが、美しい人からの手紙はこういうほのかな匂いまでも呼び寄せるのですなぁ・・。」
 「ま、感傷にひたるのも結構だが、梅の匂いは一段と春のきざしが強くなってきておるでな。 お!向こうから駕篭が来たぞ、いよいよだ森野氏。」

 「おお、やっと来られましたか、これで一張羅の足袋を夜中に洗濯したかいがあるというもの。」
 「これから祝言をあげようかというめでたい日に、情けない言葉を吐く奴だ。」

 「はて、白駕篭がひとつに後ろに黒塗りの駕篭がひとつ、お付きの共が二人だけか、仮祝言だからですかな、それにしてはずいぶんと質素な感じがいたしますが・・。」
 「ふ〜む、拙者も感じたが姫の希望なのであろう、よく分からぬが森野氏、立会いをしっかり頼む。」
 「なにやら拍子抜けの感もありますが、承知いたした。」

 「お待たせいたしました、花嫁の駕篭、ご案内もうしあげます。」

 「うむ、ご苦労でござる。」

 「若様、仲間(ちゅうげん)の言葉も簡潔しすぎやしませんか、祝言の言葉とも思えませぬが。」
 「しっ、も少しちいさい声で。 駕篭が開くぞ。」

 「あいや、これはお美しい花嫁衣装に包まれて、お待ちしておりました姫、ささどうぞ。これなるはあなた様がご指名された立会いの森野三郎殿でござる。まずは座敷までご案内いたす。」

 「え!なんと、若様、若様」
 「なんだ森野、今から姫を案内する大事なときになにを・・・あ!」

 「見覚えのある駕篭と思えば、やはり後ろの黒塗りの駕篭は香織姫でござったか。」
 「なんと、香織姫! では、ではこの花嫁衣装の方はいったいどなたで。」

 「おふたりお揃いでそんなにうろたえなくともよろしいでしょう、ほほほ、もちろんあなた様が結婚を申し込んだ相手、かぐやでございますよ。」

 「な、なんと申されます、拙者が手紙を送った相手はあなたですぞ、香織姫あなたにお送りしたのですぞ。」

 「日の出様、手紙をお渡しになった相手はどなたでしたか、あなた様は屋敷の門で侍女を呼ばれたのでは?」
 「いかにも、姫の侍女の方をお呼びして手紙を差し上げたが、姫に渡していただくつもりなのは当然でござろう。」

 「手紙に宛名はなく、手紙の中にもわたくしの名前はございませんでした、となれば受け取った者への文と受け取らざるをえませぬ、ゆえに返事にはちゃんと"かぐや"としたためてあったはず。」

 「ええっ、かぐやとは香織姫の通り名ではなかったのですか。」

 「花嫁衣装のこの娘の名前は"三竹"と申します、この娘の通り名がかぐやでございます。」

 「げっ、じゃ拙者が祝言をあげようという相手は香織姫の侍女ということでござるか。」

 「これこれ、何を玄関先でいつまでも騒いでおる、はやく座敷に案内せぬか、年寄りは待ちくたびれたぞ。」
 「あ、父上、いや、これなるは祝言の相手では・・・」
 「そういうことは座敷で改めて話そうわい、お前は黙って案内すればよろしい。」
 「はっ、はい。」

 「香織殿と三竹殿、いやいや、これはご足労かけましたな、手前の愚息、和衛門がお騒がせいたした。
  まずはゆるりと茶などを召し上がって、この座敷でくつろいで聞いていてくだされ。
  これ、そこの二人、和衛門と森野、お前たちの節穴の目と耳をよくかっぽじって聞いておけよ。」
 「ははっ。」

 「よいか、和衛門、父のわしはいささか疲れてきたのだ、お前の放蕩でわしの隠居生活が遅れて仕方がない。
  森野たちが吉岡道場へ通うあいだ、お前は吉原(よしわら)道場で花魁(おいらん)相手に組手をしていたのであろうが。」
 「あ、いや、その・・」

 「お家の恥になるゆえ、あまりくどくどとは言わなんだが、それをいいことに遊び呆けて女をたぶらかす技術は備えたらしいが、身を固めてこのわしを楽にさせよなどと考えが及ばぬらしい。そもそも武士の結婚は親が決めるのが世の常識なのじゃ。
 香織姫への恋慕はお前の胸の中にしまっておけ、聞けば三竹殿は角筈(つのはず)の名主(なぬし)本郷庄左衛門殿の次女とか、名主の本郷家といえば郷士(ごうし)の家柄で年に数千両を商う豪商と聞いておる。

武士の世の中も三代を過ぎると戦で手柄を立てることもままならぬ、あとは親の役を継いで家を後生大事に守ってゆくことではあるが、お上からの禄(ろく)も三代前のままでは生活も今までどおりにゆったりとできるものでもない。
この先、名前とか家柄とか、そんなことにこだわっていては子供に魚を食べさせるのも難儀することになろうぞ。

 和衛門、お前の相変わらぬ早とちりと森野のおっちょこちょいな性格で、ここに三竹殿という花嫁が来ておられる。
どうだ和衛門、もう観念してこの親父殿のいうことを聞いてこの花嫁と一緒になれ。

 この話は先般香織殿がわしに面会されて話されたこと、香織殿が来られなんだらわしも隠居が遠ざかるところだったわ。 これ以上のわがままは許さぬ、三竹殿がせっかく喜んで来ておられるのだ、これも何かの縁、今から森野と香織殿を立会いとして祝言をあげる、よいな。」
 「ははっ、仰せのままに。」



 「日の出氏が結婚されてその後いかがですか、香織姫は何か特に耳にされたことはおありですかな。」
 「案外とうまくいってるようでございますよ、三竹はあのとおり侍女としての経験がありますから、日の出様につくしているようで、日の出様もあまりお金のことでくよくよされることもないので、よろしいのでは。」

 「そうですか、二人で香織殿を取り合った仲ですので、いわば恋敵の行く末も気になりましてね。」
 「あら、相手ばかりじゃなくて、こちらの方はどうされるのでございましょうね。わたくし、まだ独り身でございますが。」
 「あ、春霞で富士の山も今日は見えませぬな、残念でござる。」
 「わたくしにも何も見えませぬゆえに、大変残念でございます。今から一人でお蕎麦でも食べて帰ろうかしら。」

 「え、しかし、この黒毛馬はもしかして姫が跨って走らせるおつもりか。」
 「もちろんですわ、そのために革袴で引っ張って来たのですもの、それじゃこれで失礼しますわ。では、ハイヨ!」
 「ありゃ、さすがじゃじゃ馬姫、また取り残されてしもうたか。蕎麦のうまい処、教えてあげたのに・・。」





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