[1240]  くまさん🐻
04/24 19:36
かおりちゃんとくまさんの物語

 「初恋の森、ハナミズキが咲くころ」

 前編・出会い

 あの子に初めて出会ったのはちょうど今ごろの季節、山に白いハナミズキの花が咲いたころだった。
少し温かい風が体にも馴染み始めていたくまさんは、いつもの散歩を兼ねた見回りであちこちを歩いていたのです。
すると、なにやら獣道(けものみち)の真ん中でオオカミがジッと何かを見つめているのを見つけました。

 「おい、そこで何をしている?」

 突然声をかけられたオオカミはびっくりして振り返ると

 「え!あ、くまの旦那ですかい、どうも・・おつかれです」

 「あいさつはいいから、いつもウロウロと歩き回ってるお前がここでじっとして何をしてるんだ」

 オオカミはちょっとバツが悪そうにしながら

 「いえね、たまには新鮮な肉でも食べられるかなと思いやしてね」

 と言って視線を前にもどし、くまさんも同じ方向に目をやると、獣道に積もった枯葉の上に一人の少女が倒れていたのです。

 「おまえが襲ったのか」

 「とんでもござんせんよ、あっしを見て勝手に倒れたんでやんすよ、決してあっしは何もしておりやせん」

 オオカミは言い訳をすると、くまさんに道を譲るようにして2・3歩下がりました。

 「で、今から襲って食べようとしてたのか」

 「へへへ、そりゃああっしらには変なことじゃありやせんからね」

 オオカミは開き直ったように言うと、半開きの口からよだれを垂らし始めたのです。

 「困った奴だ、よくよく頭が回らないと見える、じゃ、ここで座ってゆっくり待たせてもらおう」

 「え?待たせてもらうって・・何を待つんで?」

 「お前がその少女を食べるんだろ、それを食い終わるのを待つのさ」

 「へ?それだけですかい?獲物を横取りとか・・てことですかい?」

 「ははは、食い終わって腹がふくれたお前を今度は私が食べるのさ」

 くまさんのその言葉に驚いたオオカミは、顔色を変えて後ろに後ずさりしたのです。

 「くまの旦那、へへへ冗談でしょ、今まで森の中で大人しくしてきたじゃありやせんか、今さらなぜなんで・・」

 「もうそろそろ陽が暮れる、その少女がいなくなったと騒いで人間達が大勢やってくるぞ、鉄砲を持って」

 「でもその前に・・・」

 「おい!お前たちは自分のことしか考えないのか、その娘が死んで食べられたと知ったらどうなると思うんだ。
  森の動物たちは次から次へと鉄砲で殺されてしまうんだぞ、そしてあぶないとか言って森も人間たちに取られてしまう。 われわれ森の住民たちはどうする。」

 オオカミは頭をうなだれ、口からのよだれも止まってしまいました。

 「それともうひとつ」

 「え?まだあるんで?」

 くまさんは倒れている少女を指差し

 「その子が胸に抱いてるものは何だ?」

 「へ?抱いてるものですかい、えっとぬいぐるみですぜ、あ、くまのぬいぐるみだ・・・」

 「そうだ、くまを好いている少女をくまの私の目の前で殺させるわけにはいかんだろ」

 そこまで聞いたオオカミは目の前の獲物を惜しむようにながめていると、

 「ところで旦那、旦那の肩から血が滲んでますぜ、どうかなすったんで?」

 「ああこれか、これはさっきハチミツを食べてたら蜂に刺されてかゆくてな、自分でかきむしってしまったのさ」

 オオカミの目がびっくりするように大きく開かれ

 「げ!わかりやした旦那、もうあっしは引き上げやすから。かきむしっただけで血を流させる爪でちょっとでもやられたら、こちとらたまったもんじゃねえや」

 オオカミがぶつぶつ言いながら森の奥へと去っていくのを見つめながら

 「うしろの木陰にいる2匹も連れて行けよ、どうせ仲間だろ」

 くまさんが言った途端、あわてるように大きな木影から小柄なオオカミが2匹飛び出し走り去っていったのです。

 「子供だとしたら彼らも大変なんだろうが、人間を襲うとそれどころじゃなくなるからな、勘弁しろよ」

 そして倒れていた少女をひょいとかつぎ上げると山の方を見上げ、口の中でなにやらつぶやきました。

 「とりあえず住処に連れていこう」

 今から町に少女を連れて行っても、夜のとばりがおりた中に少女を放り出すわけにもいかず、
まして昼間の薄着だけの少女に陽が落ちた森を連れ回すのも寒すぎると思ったのです。

後編に続く




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