[1242]  くまさん🐻
04/24 20:00
かおりちゃんとくまさんの物語

「初恋の森、ハナミズキが咲くころ」

後編・眠れぬ夜

 森の中をさまよい歩いたらしい少女は、気絶しただけでなく疲れて眠り込んでしまったようでした。
 住処に運びこんだくまさんは、少女が寒くないようにと冷たい風が吹き込んでくる出入り口に背中をむけると、少女を包み込むようにして抱いたまま眠ることにしました。

 やがて少女は夢でも見てるのか、くまさんの腕にしがみつくと少し微笑んだ顔を胸に埋めてきました。
 今度は抱きつかれたくまさんが得も言われぬ幸福感に包まれ、もう子供を町に戻すだけの平穏な気持ちではいられませんでした。
自然と少女の顔に微笑みかけると、ときおり少女の美しいブラウンの髪をなでてあげたのです。

 髪をなでてあげるたびに少女は幸せな顔をみせ、さらにくまさんの中で丸くなって寝息をたて始めたのです。
 それを見るとますます少女への愛おしさが増して、一瞬このままそばにおいておこうかと思ったくらいでした。

 スヤスヤと眠る少女の笑顔をくまさんは夜の間見続け、あの時オオカミを見つけて良かったと思いました。
 その夜は普段に増して冷え込みが厳しく、くまさんは両手で少女を抱いて寒さから守り続けたのです。

 やがてくまさんの眠れぬ幸福な夜は、いつもはうれしい夜明けのお日様によって終わりを告げられたのです。
 白々と明けていく空に、鳥達のにぎやかなさえずりが響き渡り、春の日差しがくまさんの住処にも差し始めたころ、
 少女がそっと目を覚ますと、さして驚く様子も見せず、くまさんの腕の中でにっこり微笑んだのです。

 少女は目の前のくまさんを恐れもせず、寒い夜を抱いてくれていたことに気がついていたようでした。
 人間たちの捜索隊が来る前に町に戻そうと思ったくまさんは、食べ物として住処にあったどんぐりを少女のエプロンに入れ、
くまのぬいぐるみを目を覚ましたばかりの少女に持たせて背中に乗せると、鳥のさえずる森の中を町へと向かったのです。

 やがて森の端へたどり着くと、平地の方に捜索のための人間達が集まっているのが見えました。
 くまさんは少女をそこに降ろすと

 「さあ、もう大丈夫だから、あそこにパパやママがいるから行きなさい」

 と言うと、少女のお尻をチョコンと押して捜索隊のいるほうへ促したのです。
 捜索隊の中にパパやママがいるのを見つけた少女は、一目散に駆け出していきました。
 森の中から駆け出してきた少女を見つけると、人間達がさわぎだし

 「いたぞーっ」

 「子供だ、子供が見つかったぞ!」

 そしてその中から

 「かおりーっ! かおりーっ!」

 と叫ぶ声が一段と響き、少女はその声に向かって駆けていったのです。
 そしてパパやママなどの人間達に取り囲まれた少女はうれしそうにママに抱きかかえられました。
 町の方へとみんなが引き返し始めた中で、抱かれた少女はママの背中越しに森の方を見つめると
 片手にくまのぬいぐるみを握り締め、もう片方の手を一生懸命振り始めたのです、微笑みながら。

 ひたすら手を降る少女が"かおり”という名前だと知ったくまさんは、その名前を深く心に刻みつけると
 名残惜しそうに手を降るかおりちゃんに安心したように、どこからともなく漂うハナミズキの香りの中を静かに森の奥へと帰っていったのです。

 かおりちゃんはエプロンのポケットからどんぐりを握ると、ぬいぐるみともう一方にどんぐりを握っていつまでも森に手を降るのをやめませんでした。






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