[961]  くまさん🐻
02/08 01:55
2次小説
美咲香織 原作「道の駅 "雨の休日"」より

「元禄聞きかじり」

”独白” その一     (全三回)

  それはそれは美しいお方でございました、アマテラスか"かぐや”かと思い違うのも無理やらぬものでございましょう。
一同が控える店の玄関に、お忍びのための四人舁き(よにんかき)黒漆塗りのお駕篭がゆっくりおろされますと、

「お着きい」

仲間(ちゅうげん)の声が響きわたって、侍女(こしもと)の方がすっと引き戸を開けられますと、静かに履物を履かれ、褄(つま)を取って土間へと入ってこられたのでございます。

 浅黄小紋の上から派手な紫縮緬の被布を羽織っただけの略装でいらっしゃったのでございますが、笄島田(こうがいしまだ)に夕刻の残照を浴びて、それは後光のようで、気品のある明眸(めいぼう)の麗人がすらりと立ってこなたにおられるのでございますから、まさに目ざめるようなお姿でございました。

 「おいでなさいまし、どうぞおあがりくださいまして」


主(あるじ)の日出彦衛門(ひじひこえもん)が申しあげる間、女将もまぶしそうにちらっと見てから、そこへ両手をつかえたのでございます。

 ほど近い浅草寺から、暮れ六つ(午後6時)の鐘が告げてまいりますと、大川べりの今戸の船宿たちも吉原通いの若旦那衆で忙しくなるのでございますが、不動明王さまの縁日である二十八日の今日、ここ清月楼(せいがろう)では護摩の法会(ごまのほうえ)と称し、紀伊熊野三山(きいくまのさんざん)より阿闍梨(あじゃり)さまをお迎えして、あのお方の祈祷(きとう)をなされるのでございます。

 そのお方とは、時の将軍、公方(くぼう・徳川綱吉)さま御寵愛(ごちょうあい)の小姓(こしょう)の方々、いわゆる男大奥の桐乃間の頭をお勤めの美咲院香織の方さまその人でございます。

 百人はゆうに越えると聞いております桐の間の方々で、頭というお役をお持ちの方は五名ほどと伺っております。
その目付のお役などみじんも感じることのできない花のような美貌は、女装のみで過ごされておられることと相まって、ひときわ城中でもうわさの方であると聞き及んでおります。

 その香織の方さまにあいさつを申し上げた主が先に立って、三畳ほどの玄関の間の正面にでて左へ折れ、その廊下をまっすぐ行った二間目の奥座敷にご案内いたしたのでございます。
座敷正面の床の間の前に置かれた客座布団に、香織の方さまが落ち着かれると。

「お方さまに置かれましてはご機嫌うるわしゅうございます。ただいま、阿闍梨さまが法会の前のあいさつに伺われるとのこと、今しばらくお待ちくださいますよう」

 主の言葉にお方さまは体を少し固くされたように見受けられましたが、座敷に面した中庭は暮れかかる夕霞(ゆうがすみ)の中に、淡墨(うすずみ)をひいたような築山と泉水、そしてふくらみ始めたつぼみの梅の木が微かな(かすかな)夕東風(ゆうごち)に吹かれ始めていたのでございます。



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