[979]  くまさん🐻
02/11 18:26
>>978

日の出氏へのオマージュとして

二次小説   原作 日の出和彦 「淫美の宴」より

 "合鍵" 

その三 最終章

 日曜の朝、宅配の荷物が届いた。彼の好みだったナイロン生地のTバックが5セット、別れてもなお注文している自分に何と言っていいわけしよう。

 「ほら、穴を突き出しな!」

 最後の夜に彼が言った言葉が今も頭から離れない。その直接的で卑猥な言葉を思い出すだけで体が火照ってくる。
なんのてらいもなく快楽にのめりこめる相手だったのだ。

 「やっと理想の男にめぐり逢えたと思ったのに・・」

惜しむ気持ちは今も消えることなく燻(くすぶ)りつづけ、机に置いてある合鍵へと自然と視線がいく。



 「年末は無理だな、正月を新居で迎えたいっていう客がいてね、最後の追い込みなんだ」

 12月に入ってすぐ、彼から来た連絡はさびしい内容だった、年末はたぶん帰れないとも言った。
世間ではクリスマスソングがあちこちで流れているというのに、香織はスーパーで食材を買うと誰も待っていない自分の家で料理を作るだけで、
ひとりだけの夜をただむなしくすごしていた。

 「年末が過ぎてお正月がくれば、また二人だけの濃密な時間がやってくるんだから、今は我慢我慢」

自分にそう言い聞かせてすでに20日以上が過ぎたクリスマスイブの夜、久しぶりに彼のアパートに向かった。
プレゼントのネクタイを置いておこうと思ったのだ。

しかし、アパートのドアを開けたとき、玄関に女性用の靴を見た、同時に奥から中年の女性が顔を出し、驚いた様子でこちらを見ていた。
いきなりドアの鍵を開けてきた人間がいたのでびっくりしたようだ。

 「ど、どなた?」

香織はすぐに気がついた、彼の母親だ。今さら隠しようがない、腹をくくった。

 「あ、初めまして、和彦さんと付き合ってます、香織といいます」

最初は驚いたようだが、さすが年の功、すぐに落ち着いてお互いがそれぞれの事情を話すことになった。

彼は再婚することになっていた、しかもできちゃった結婚であるという、相手は会社の事務員らしいが、
重役の娘さんとやらで母親としても悪くないと計算しただろうことが予想できた。
それでもひとしきり息子の愚痴をこぼし、彼は一人息子で家を継ぐとか継がないとかの話からすると、名家のお坊っちゃまのようだった。
そして、最後に母親はきっぱりと香織に言い放った。

 「どうぞ別れてください、あなたのお気持ちは察しますが、和彦を想っていただけるなら、あの子のためにもお願いします。」

やっぱりね、香織はむしろさばさばしていた。母親からすべてを聞いた、仕事などで会えなかったのではなかった。
なにせできちゃったのだから、周囲へのあいさつも大変だったろうし、名家となれば親戚一同も口をだしかねない。

 「ただ、あの子には理由を言わずにそっと身を引いていただきたいのです、多少のお金は出させていただきますから」

それ以上聞きたくない話だった、お金など即刻断わった。条件として仕事始めの前日を最後の日として身を引くことでお互いが了解した。

 「あ、それからこれ、この袋はあなたへのプレゼントじゃないかしら」

帰ろうとしたとき、母親がリボンの付いた袋を渡した、メモがテープで貼ってあり、

 「時間が取れないのでプレゼントを置いておく、メリークリスマス」

そんなのんきな言葉がつづってあった。
礼をいい、アパートを出て通りに出ると深呼吸をして大きく息を吐いた。彼は母親がまさかアパートに行くとは思ってなかったのだろう。
もっともそのおかげで一番頭を悩ませる問題が片付いたのだから、やっぱり母は強しである。

彼が置いていたらしいプレゼントの袋を開けてみた、毛がふさふさの黒いロシアンハットが入っていた。
金額的に大したものじゃないが気持ちの問題だ、香織のことを忘れていなかったと思うだけでうれしくなった。
そして、たわいもなく喜ぶ自分が可愛いとも思った。ネクタイを置き忘れたのは愛嬌かと自分でおかしくなった。


 年が明けると彼のアパートで会った、香織は最後だと思うと感情を解放して乱れるままにまかせて彼の愛撫を堪能した。
黙って身を引けというのだから、彼に説明などしていないに違いない。彼もそれらしきことを口にしなかった。

 「ずるい人」

そう思ったが、愛撫されていて彼もまた悩んでいることがわかった、すべてがぎこちなかったのだ。
快感は堪能したが、あることが香織の決心を確実にしてしまった。

 「ほら、穴を突き出すんだ」

 「あぁ、何ていやらしい言葉でいじめるの、きらいだわ」

言いながら白い尻を突き出し、ぴしゃぴしゃと叩き、両手で撫でまわす彼の愛撫に身をまかせていった。

 あれから一月近くが過ぎたが、母親との約束を守って香織から連絡はいっさいしなかった。
街に吹く風にも冷たい芯が抜けたと思われるころだった。

最後の逢瀬のとき、彼の愛撫が決定的に変わったことがひとつあった、彼は香織の口にキスをしなかったのだ。
あれだけ濃厚に口を重ねて、太い舌を器用にこねくりまわしていた彼が、口を避けていた。
それが香織の気持ちを決定づけた理由だった。

 「結局、結婚相手の彼女に気を使ったのよね、最後だけ口の貞操を守るなんて、お前はいんちき乙女か」

そう悪態をついた先は、まさに彼のアパートだった。
春先の変わりやすい天気が続いた中、久しぶりの快晴に散歩にでかけたが、気づいたらアパートの前にいて苦笑いをした。

 「合鍵を捨てられないんじゃないんだよ、どこの川に投げようか、いや海がいいか迷ってるだけだからね」

そう言葉を残して、香織は買ってしまったナイロンのTバックを自分の店で売ってしまおうと心に決めて、かすかに梅の花の香りが漂いだした道をゆっくりとあるいていった。






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